まんまるお月様

「ただいま」 そう言って架は靴を脱いで上がった。私のサンダルの横に並んだ白いスニーカーは長細くて、長らく一人暮らしか母としか暮らしていなかった私には滑稽に見えた。私の中で弟は13歳くらいの印象で止まっている。クラスで2番目に身長が低くて、ソ…

姉弟

一瞬なぜ弟から電話がかかってきたのかわからなかった。無口な彼から電話をかけてきたことなどこれまで一度もない。待ち合わせ場所で会えなくてかけてきたくらいだろうか。寝起きの頭の処理速度は致命的に遅く、通話ボタンを押した時には既に10コールほど…

泣ける映画

マスクをつけると、顔が新しくなったヒーローみたいに力と勇気が湧いてきて、普通に自転車を漕げるようになった。ちょっとしたきっかけですっと心が静かになる。家につくとクマはまだコーヒーを飲んでいて、私にも新しく淹れてくれた。海であった出来事を説…

給食当番の神様

子供の頃からなぜか私は風が怖かった。きっと赤ちゃんの頃に何かあったのだろう、強い風がびゅんと顔に当たるだけで息ができなくなると錯覚し、パニックになってしまうのだ。自転車までたどり着いた私の足は力が抜け、手はぶるぶる震えていた。風の恐怖から…

舟乗り

私たちの家は、この街の住人にしては珍しく、漁師でもないのに海に近い。自転車で10分も漕げばもう水平線が見える。私も母も海を見るのが大好きで、そのくせ二人とも水に濡れたり泳いだりするのはあまり好まなかった。母が学生だった頃、体育の課外授業で遠…

目覚め

朝目が覚めると台所から食器がかちかち鳴るのが聞こえた。ぼんやり流れてくるNHKアナウンサーの声は今が間違いなく朝であり、私としてはかなり早い方の朝だということを伝えていた。体は動かさずに顔を右に向けるとやはりそこはからっぽで、私の寝相での悪さ…